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水俣病事件では、系統的学術研究が欠如していたので、
メチル水銀汚染によるヒト大脳皮質障害が過小評価された

2006年4月25日
日本外国特派員協会 水俣病についての記者会見資料

浴野 成生
熊本大学大学院医学研究部 教授 医学博士
〒860-8555 熊本市黒髪2丁目39番1号
ekino@kaiju.medic.kumamoto-u.ac.jp

二宮 正
熊本大学大学院医学研究部 助手

諏佐 マリ
熊本大学法学部助教授

抄録

水俣病を引き起こしたメチル水銀汚染は、水俣から不知火海一円に広がり、慢性メチル水銀中毒を引き起こした。慢性メチル水銀中毒は、大脳皮質を損傷し、持続的な感覚障害を引き起こしていた。メチル水銀等の神経毒による大脳の損傷は、人類の未来にとって最も重要な課題である。水俣病患者の追跡調査や治療を行い、不知火海で発生した慢性低濃度メチル水銀中毒による大脳皮質損傷を系統的に研究するための病院が必要である。

メチル水銀汚染の拡大と長期化

工場から排出された高濃度メチル水銀は、水俣湾の魚介類を摂取する住民に急性劇症のメチル水銀中毒症を引き起こし、1956年、水俣病と名付けられた。工場が1958年からメチル水銀の排出先を水俣湾から水俣川河口に変更したため、汚染は不知火海一円に広がり、沿岸住民に慢性メチル水銀中毒症を引き起こした。更に不知火海沿岸住民の臍の緒の研究から、メチル水銀汚染は、ほぼ20年間(1950〜1968年)続いていたことが明らかになった。

系統的学術研究の欠如

不知火海沿岸住民の1960年の毛髪水銀値は、非汚染地区の住民に比べ20倍も高かく健康障害等を訴えてきたにもかかわらず、追跡調査は行われなかった。系統的学術研究の欠如により、メチル水銀による広大で長期間に及ぶ被害は過小評価されてしまった。

水俣病医学の誤り

水俣病患者と慢性メチル水銀中毒患者は、いずれも口周囲と四肢末端に感覚異常を訴えた。日本では、末梢神経が傷害されて引き起こされたと信じられてきた。しかしこの感覚障害は、末梢神経でなく、大脳皮質の神経細胞の瀰漫性脱落によって生じていた(Neurotoxicology and Teratology 27 (2005) 643-653))。この誤診によって多くの典型的水俣病患者が認定申請を棄却されてきた。

メチル水銀による大脳障害と次世代のための系統的研究

神経毒による大脳皮質神経細胞の脱落は、未来の退化した人類を暗示するもので、極めて重要な問題である。不知火海の慢性メチル水銀中毒の系統的解明は、日本のみならず国際的にも重要課題である。不知火海沿岸の住民は水俣病の医学があまりにも曖昧なため、水俣病の診断に混乱を生じ、有効な治療が行われていない。特に胎児性患者は、急速に症状を悪化させている。汚染が終わって30年以上経た今でもメチル水銀による大脳損傷を検査で見いだすことが出来る。大脳皮質を損傷された住民が、未だにたくさんいるにもかかわらず、放置されたままである。治療に加え、被害の範囲の特定、大脳皮質障害を研究することも可能な病院の設立が国際貢献に欠かせない。

最後に

水俣病の医学が科学的でないから、水俣病問題が混乱している。もし日本が科学の先進国であるならば、系統的な研究を行い、過去の誤りを認め、明瞭な証拠と論理に基づいた水俣病の科学を確立すべきである。カール・ポパーは「全ての科学者は、あらゆる時に過ちを犯す。それは避けられない事のように思われる。我々は、過ちを探し、見つけたら解析し、そこから学ばなければならない。過ちを隠すのは許されざる罪である。」と言っている。